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最果ての彗星1 (2/n)

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最果ての彗星1 (2/n)

 4


「いえ、あの・・・」


「なんだ」


「うーん、言いたい事はあるんですけど、どう言ったらいいか考えています」


「いいよ。はっきり言うがいい」


「こんな事して意味あるの」


 ルージュは素に近いように、ぶっきらぼうに言った。


「だって、相手に感謝しろとは言わないけど、全然報われないし」


「ふっ・・・。お前、我々のしていることをいつもそんな風に思ってたのか」


 明らかに馬鹿にした言い方だったので振り返った。


「普通、それ言わないだろ」


 そう言って笑う。犬の顔で笑っているというのは間違っているかもしれないが、人と同じような思考を持つ彼は確かに笑っている。


「お前、変わっていると言われないか」


 それは、言ってくれる相手が存在しないと起きない現象で、そして「失礼」に属する言葉を言ってもいいという親しさを持つ相手が存在しなくてはならず、そして彼女には存在しない。しかしこれを言うと彼はますます自分の発言に自信を持つだろう。そのくらいは予測出来る。


 そうこう考えている間に、その沈黙をどう取ったかはわからないが彼はまた笑った。上司にあたる存在だがあまりに失礼ではないだろうか。


 そして、「失礼」な扱いをしてもいいと認識されたことが心地良かった。


 以前見かけた時と印象が違った。あれは仕事中だったので仕方がないとはいえ、いざ自分には違う面を見せてくれて、それは、なんという感情かよくわからないが、悪い気分ではなかった。




 しばらくして、この仕事場が閉鎖することになるという知らせが正式に出た。


 以前からその噂はあった。そのため早い人はもう次の仕事を探していた。もしくは決まって辞めて行った。閉鎖の直前は数人しか残っていなかった。


「次の仕事は探したか?」


「いえ、まだです」


 笑いながら答えた。


 仕事なのに楽しいと思えるこの時間に、別の事を頭の中に入れたくなかった。もう就職活動をしなくては収入が途切れる。貯金もそんなには無い。


 でも不思議と危機感は感じられなかった。


 最終日は事務所の撤収作業。これも捨ててしまうのかという物まで全て、ありとあらゆる物を捨てまくった。最後には制服も捨てて帰った。


 次の仕事が決まるまで遊べると思った。




 仕事が終わった解放感からか昼まで寝て、その日は西の端の朽ちた社にふたりは来た。


 眷属二体がこの神域の入り口に陣取っていたらしいがその像は片方が崩れている。


 もう片方は何も乗っていない。台座だけだ。


「他のお仲間はどうしたの」


「あやつらは・・・逃がした」


 遠い眼をしている。


「ここから解放した。あやつらならばどこでも生きていけよう」


 社の近くまで来て彼が言った。


「そこを見ろ」


 祠の中を覗く。以前と同じで中は空っぽ、神が宿るという依代がない。それがないと神に属する者は土地に留まることが出来ない。どんなものでも良いわけではない。


「ここの神はとっくに死んでいる」


「そう・・・」


「遠からずどこか他の地へ行かなければならない」


 そう言ってこちらの顔を窺う。


「まあ、すぐにではないが」


 多分自分は安堵の感情を外に出してしまっただろう。


「はあ。暗くなってきたな」


「今夜ここに居ていい?」


「おいおい・・・。寒いぞ?」


「こうしていれば大丈夫」


 ルージュは跪いて、思い切って犬の首に腕を回した。


「なんだ、お前、私のことが好きなのか?」


 肯定出来ない。


 それはとても出来ない。


 だから心底困って、苦笑してます、という顔をした。




 何日かに一度会い、それから数日ぼんやり過ごし、また会う。


 地元なのに行ったことのないという大きな公園へ行ってみたり、朝の海を見に行き、夜の海の波を聞いた。終電の終わった線路沿いを話しながら何時間も歩いたり、いつも通り過ぎていた店にも入った。近場だけだがどんな所も行った。




 5


 相変わらずの深夜に寝る生活。明け方に熱が出るのだ。のどから熱が発せられているようで、それは決まって明け方だけ。日中は至って健康でその他はどこも悪くない。


 しかし耐えきれず診てもらうと原因は、遠回りに不摂生が原因と言われた。


 そういえばとても体が重い。気分や体調ではなく、物理的に。


 人の体は面倒くさいのを忘れていた。


 腫瘍も出来ているようで、これを切除しなくてはならない。


 彼とはもう何日会っていないだろう。あちらから連絡もない。


 これまでで一番離れている気がした。実際そう。


 多分、心も。


 なぜかそう思っていた。


 仕事を辞めて2ヶ月が過ぎている。


 次の仕事は、探そうともしていない。


 体調が悪いということもあって、もう潮時かという罪悪感や色々な考えがぐるぐる湧いてきた。この数日何をしていたかと訊かれて「何も」と答えると、きっと落胆や軽蔑されるのだろうなと予想した。


 気になってくると連絡をしたくなるもので、連絡してみると「久しぶり」と返ってきた。


 いつものぼんやりとした時間に会うことになった。


 会えるのは嬉しい。楽しみだった。


「何してました?」


 向かいの席から笑って答えてくれた。


「色々。そちらも何してた? 次の仕事は?」


 色々とはなんだろう。教えてはくれないだろうかと思う。


「いえ、まだ・・・。病院に行ってました」


「病院? どうした?」


「実は、明け方熱が出るんです。明け方だけです。あ、あと、腫瘍があって。悪性ではないです。でも取らないと無くなりはしないって。人の体って本当面倒」


「そうか。あれか・・・。結構悪かったのだな。いや、実はいつ言おうと思っていたのだ」


「なっ」


 顔が紅潮していくのがわかった。


「最初に言ってくれれば良かったのに!」


 彼は困ったような笑った顔をした。


「いや・・・傷付くと思って」


「そういうのは、言ってください!」


 どうして一番最初の時に言ってくれなかったのだ。自分ではわかりづらい箇所なのに。最悪ではないにしろ、慣れていない体で普通ではない事態に陥っているに。


 体裁や綺麗さを気にして言わない、指摘してくれない、一緒に解決しようとしない。


 もっと最悪な事態になるということに気付かない?


 そんな筈はないだろう。彼は馬鹿ではない。


 なるほど。この「良い状態」を壊したくないのだな、と思い付く。


 これが彼との関係。


 良い所しか見せないし、見ない。


 ついでに自分の事情や深い所を見せてはくれない。


 ぼんやりな時間のぼんやりな場所のレストラン。


 このふたりの関係を、他に誰が知っている?




 それから手術で(三十分ほどで終わった)具合が悪くさらに日にちが経過する。


 落ち着いたら連絡が来て、また会うことになった。


 夕方が始まった時間。平日なので街はまだそんなに混んでいない。


「この地を去ることに決めたよ」


 ルージュは内心衝撃を受けながら表面上は静かに受け止めた。


「新しい地を見付けたんだ。良かったですね」


「この辺りの居場所のない者たちも一緒に行くことにした。楽しみだよ」


 ルージュはジュースを飲んだ仕草をする。ストローをゆっくり回す。氷が音を立てて回る。


「もともと私はこの地ではあまり力がなくてね」


 人の信仰心で力を増すのが神に属する者。神属の力が弱いということは、ここの人間達は神への信仰が低いらしい。


 でも生きている。普通に生活が出来ている。


 それは人間が、神がいなくても生きていけることに他ならない。


「しかしそれは良いことだ」


 その昔、祠を破壊した人間がいてその者が死んだ頃から力が弱まったという。


「一応先に言っておくが、そやつは本当に単なる事故死だ」


 店を出てぼんやりと歩く。前より、並ぶ距離が遠い。


 どこに歩いているかは話し合っていない。けれど足はどこかへ向かっている。


 民家の庭先で剪定した枝を束ねている男性がいた。老化し動かなくなってきた体をゆっくりそれでも動かし、束ねる作業をしている。


 彼の歩みがゆっくりになる。


 ルージュは少し離れて歩き、それを見ていた。


 最初に言っていた手伝うって、何をだろう。


 何をどうやって手伝うというのだろう。だってあなたは。


 そしてルージュは歩き出した。


「お手伝いさせてください」


 老人に話しかけた。犬のほうには視線を合わせない。


 ほどなくしてその作業は終わった。


「これまでのことを糧に、お前は成長すればいい」


「こんなことをしたって、人間は何も変わらない」


「ここの人間達に礼がしたいと、何かしたいと思うのが普通ではないのか?」


「でもあなたの声は聴こえていないじゃない!」


「ではどうすればいいのだ?」


「別に、何も。しなくてもいいじゃない。科学や文明がもっと進むとそんなものを信じる人間はこの先絶対少なくなる。怖れながらも、自分達の生活に楽しくなって、忙しくなって、遂には信仰の対象も変わる」


「では、今生きている彼等はどうしろと。変えられない者たちを見捨てろというのか」


「彼等はもうどうにもならない。永い寿命を持つ神属だというのに、もっと大きな流れを考えることが出来るのに、どうしてそんなに待てないの」


「彼等の時間は短いのだ。あっという間に老いてしまう」


「私達だって、転機を迎えている。そのうち同じになる。だから何もしなくていいじゃない」


「そんな寂しいことを言わないでくれ。そこは直したほうがいいぞ」


「・・・」


「本当はあの時、何か出来ることはないか、聞いて欲しかった」


「・・・」


「もうすぐ、もうすぐ出発する。あいつが見付かったのだ。今度こそ・・・」


 天を仰いで言った。


「お前はきっと、この先もっと仕事をして」


「・・・」


 言いながら先を歩いている。


「そこで好きな相手が出来て」


「・・・」


 地面を見ていたが、こちらを向いているのがわかる。


「大丈夫。お前はこのさき生きていける」


「・・・っ」


 口が、手が、動かない。


 それなのに目からは涙が止まらず。



「お前のそんなところが好きだったよ」



 足は無意識に前後に動いて歩行を完成させている。


 全く別の誰かが動かしているのではないか。


 頭の中は逆に冴えている。冷め切っている。


 なのに、


 それなのに、


 外部に自分の感情を表すことが出来ない。


 言いたいことを言わせていることに腹が立ってくる。


 もうそのまま自分の世界に浸って、言うことを言って、


 さっさと消えてください。



 ルージュはもう帰ることにした。


 それなのに彼は、嫌になることに、後をついて来た。


 どうせ夜道を心配とか、さっきの事が心配だとか。



 聴きたくない。



 そんな安い感情は要らない。欲しいものはそれではない。


 それがわかったのだから、もう彼に用は無かった。


 時間の無駄というほど。


 それくらい瞬時に切り替えた。


 切り替えることが出来た。


 嘘ではない。


 嘘ではないけれど、しばらく泣くことになるだろう。


 大抵、そうだと知るのはもっと後になる。


 自分が向けた感情と同じ種類を、同じ強さで


 今後誰か向けてくれるだろうか。


 現れるだろうか。


 それなのにこんな姿になってまで。


 この世界にいる意味はあるのか?



 ルージュは走り出した。


 あちらは走っただろうか。だけど振り向かない。確認はしない。


 角をめちゃくちゃ曲がり、一軒の民家に気が付く。


 成長して道路に庭木がはみ出ていた。そこに出来た影にしゃがむ。


 息を殺す。


 動悸は上がっていたけれど恐ろしいほどに早く鎮めることが出来た。


 何かが通り過ぎる音が、したように感じた。


 自分で振り切っておいて、この頭脳と思考と感情は、まだそれを想像するのか。


 背後で物音がした。


 民家の居間の大きな窓から人が、こちらを見ている。


 家の灯りで逆光になっていて、表情はわからないが男だ。


 面倒な眼球だと思考する。


 騒ぐな、と言うつもりだったけれどあちらは何も言わない。


 そうだろう。涙を流して酷い顔になっているからだ。


「大丈夫ですか?」


 返事に微笑んで、そこから走った。


 もちろん注意を払った。


 けれど誰にも遭遇しない。


 疲れて歩き出す。


 静かに家路へ方向を転換した。


 あれだけ走ったのにどこにいるかおおよそわかる。


 道は繋がっている。


 めちゃくちゃに行っても、どこへ行っても。



 また考える。



 脳がまた考えている。


 何をどう考えて行動しても、後悔しか生まれないのは目に見えていた。


 でも。


 走った。


 西へ。


 走って走って。走った。


 光が見える。


 まだ、間に合った。


 朽ちた社の傍で。淡く。


 もう消えそうだった。


 声は、出せなかった。


 叫べば届きそうだったけどこの期に及んで、悔しくて。


 手を伸ばす。


 全然届きそうにもない距離で。


 あっけなくそれは消えてしまった。


 辺りは深淵の闇。少しの灯りもない。


 空以外には。


 要らない、というより、あちらから要らないと言われたのだ。


 余地などない。


 最初から無かったのだ。


 精神の中を確認する。


 もう手遅れの部分もあるけれど、大半は無事だった。


 私に、神はいない。






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