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最果ての彗星1 (1/n)

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最果ての彗星1 (1/n)

 1


 人の思考を持つ者は、人と変わらないのではないか―――


 昔、誰かが言った。



 海。遠くに陸が見える。


 彼女は服を着たまま浮かんでいた。今日は靴まで履いたままだ。


 波に揺られ、何をするでもなく、頭の中でも仕事をせず漂っていた。


 そこに声が届く。


 声と共に不鮮明ながら、映像も脳内に浮かぶ。


 しかしそれはすぐに消える。


 仕事だ。



「わかった」



 声に出し、簡単に頷く。


 別に断ってもいいのだ。


 だがしかし、断る権利も道理も立場もない、と彼女は常に腹の底で思っていた。


 ここからだとどのくらい時間がかかるか考える。溜め息しか出てこない。


 ようやく反転し、泳ぎ始める。


 ここは一人になりたい時に来るのだった。


 陸の上はどこかしら、誰かがいる。


 陸の上は人がたくさんいる。




 肩にかけていた布を頭に巻いた。彼女の赤い髪色に、初対面の人はふと目を向ける。最近は退色し茶色に寄っているが、それがなんとなく気になるのだ。だから人の前に出るときはそうしている。


 目の前の林から気配がした。迎えだとすぐにわかる。映像に出てきた奴だ。今回の依頼主。全体的に白い。


 互いを認識する。付いて来いとばかりにすぐに背を向けられた。


「言っておくけど」


 先手をとる。


「私は普通の人間なんだけど」


「わかっている」


 犬が、首だけこちらに向けて言った。


「あ、そう」


 聞いているなら話は早い。それをわかった上での自分への指名なんて。一体どんなくだらない内容かと考えたが、やめる。


 薄暗い森の中を歩く。


 目の前の人物は樹の根を避けつつ器用に歩いている。四本足は歩きやすそうだ。それについて行く。


 第一印象は犬。けれど犬よりは大きくどちらかといえば狼に近い。



「まずは村を案内しよう」


 村へ方向を向ける。


 礼儀だろうと先にされる前に名乗った。


「ルージュと言います。あなたは何と呼べば良いですか」


「名は・・・。なんとでも呼ぶがいい」


 ルージュは以前から彼を知っている。


「どうだ、こちら側の生活には慣れたか? 色々やっているのだろう?」


「はい、大体やったと思います。だけど時々有り得ない習慣に遭う」


「ははは。あれは、そう、理解しがたい。理不尽で意味が不明だな。そしてそれを普通に、生活に溶け込んで価値観として植わっているときたものだ。人間とはつくづく」


 何か思うところがあったのか、そこで一旦言葉を切った。


「今までどんな仕事を請け負った?」


 自分のことを知っているのか。


 言葉をきちんと交わすのも二人きりになるのも初めてだった。


 ルージュが答えようと言葉を整頓していると、彼は答えを聞く前に言い出した。


「お、ふむ。あの石をどかしてはくれぬか」


 彼女が物体を確認していると、


「なにぶん、この様な体なもので」


 と言う。尻尾が一度、大きく揺れた。


 鼻から息の洩れる音がした。自分の冗談で笑ったのかもしれない。


 見ると民家の庭石が道にはみ出ている。持ち上げることは出来ない大きなものだが動かせないものではない。引き摺って押してなんとか動かし、他の石と並べて置いた。彼女の体で動かすにはそれなりの力が必要で、地面に這いつくばって全身の力を込めたのだ。その一連の作業が終わり、彼に向き直ると話始めた。


「ありがとう。とても助かった。ここは年寄りが多いからな。だから我々がやれる範囲で出来ることをやってあげたいのだ」


「それは、義務? あなたがここを管理しているから? それとも、愛着?」


「両方だよ。というより、そういうことはあまり考えたことはないがな」


 そして最初に向かっていた方向に体を動かした。この辺の動きは普通の犬そのものだ。


「この村の、ここからちょうど反対側になるが、一番西の端に祠があって、そこが根城だ。まずはそこに向かうとしよう。話はそれからだ。何、すぐだ」


 ということなので歩く。彼の後ろをついて行った。


 この村は海からの一本道沿いに家が建てられた歴史のようで、その家の群集を離れたら畑ばかりだ。砂浜はあるがそういえば港は見ていない。塩害があるだろうに、畑をやっているのかとにわかに信じがたかった。



 工場の様な場所の前を通った。そこに女性たちの集まりがあった。


 大きな段ボールがある。それを皆で開けて中を見ているのだ。


 声が大きいので会話が聞き取れた。


 なんでも、中に入れる部品が余ったそうだ。


 つまり、入っていない箱があるということ。


 犬が立ち止まる。


「いや、いい。お前は先に行っていろ。私は、手伝ってから行く」


「・・・」


「迷いはしないさ。そんなに何もない」


 振り返って言い終えるとあちらに向かって行ってしまった。


 ルージュは黙って、祠へ向かった。



 祠に着いた。


 人家が終わり、もう村の終わりという少し手前。短い草だけの少し広い空間にそれはあった。


 その空間を守る門番だと思われる石像が2体。片方は崩れていた。


 小さい祠の両開きの扉が今にも取れそうになっていた。


 中を覗く。何も入っていない。


 時刻は夕暮れに近づいていて、今日の作業はもう出来そうになかった。


 少し待ってみたが彼は来ない。更に待った。


 その間、近くを通ったのは人間二人で、どちらも老人だった。


 夕日の色が無くなり黒が混じってきた頃になったので帰ることにした。




 2


 次の日、普通に出勤。


「それでは作業の続きをしよう。やることは沢山あるのでな」


 そこは普通の部品工場で、働いている者の大半は人だが、ルージュと同じような類もいるのだ。大体が期限の付いた雇用で、しばらくするとメンバーが入れ替わってしまう。それでも作業にはそこまで支障は出ない。そんな簡単な仕事。コミュニケーションが必要不可欠、といえばそれまで。それだけあればここではやっていける。


 そうしてしばらく働き始めて、通勤も着替えにかかる時間も慣れてきた頃にそれは起きた。


 ロッカーの上に飲み物の缶が乗っていて、それにケチを付けられたのだ。


 ゴミを処分しろ、と。


 あなたがコーヒーを飲んでいたのを見た人がいる、と言われた。言ってきたのはロッカー室の中で人の女だ。一緒に頷く女を後ろに連れていた。


 まったくの誤解で、それは誰がどう見てもかなり以前から存在している埃の埋積量で、もちろんルージュの指紋すら付いていない。


 飲んでいるところを見た奴を連れてこい、と思ったが無駄だろう。


 あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れて、言葉が出て来なかった。


 人はあそこまで馬鹿な生き物か?と。


 ルージュは決してそれにさわらなかった。休憩時間も細心の注意を払い、その者たちとその関係者に近づかない。休憩場所も変えなくてはならなかった。もっと億劫だったのは勤務時間が終わり、帰る時。ロッカーで会わないよう、時間をずらさなくてはならない。居残るという手段をとった。これはさすがに時間の無駄だったがどうしようもなく、職場でだらだらと時間を消費した。


 そうすれば数日で目に留まる。


 他者に話せるという解放感からか彼に馬鹿正直に話してしまった。


「嫌がらせ?」


 犬は顰めたでも笑っているでもない表情で言った。


「そう。女ではよくあること」


 なんでもない風に見せてこの話題を終わらせた。携帯端末を見る振りをする。


 彼はそのまま帰らず、そこに留まっていた。近くではない。けれど自分達の作業場のいつもの範囲だった。彼も何かで時間を潰していた。


 適度な時間が経過してルージュは立ち上がる。


「帰るのか?」


「はい、お疲れ様でした」


「お疲れ」


 次の日も次の日も。彼は一緒に居残った。


 特に会話するでもなく。夕方の光が差し込む誰もいない作業場で。


 そうして遂に、出口で遭遇する日が来た。


「お疲れ様」


「お疲れ様です」


「歩き?」


「ええ、そうです」


「あっち?」


「あっちです」


 ふたりは歩き出した。いつもよりかなり速度が遅い。


 ひとりの時は速くなる、ということがわかった。


 その帰りは、今までどんな仕事をしてきたか訊かれた。決定的な沈黙はない、というよりもあちらがあれこれ話を出してくれたのだ。ルージュは答えるばかり。色々こちらも訊きたい筈なのにどうにも、訊いて良いものか、言葉が出てこなかった。


 あの本が面白い、という話。中古本屋を巡る話。


 どこそこの本屋は品揃えが良いなどという、そんな実の無い話をする。


 でも数日後でも覚えていて、それを話題に出してくれる。


 それが嬉しかった。




 3


 その日も一緒に帰り道を歩いていた。最寄り駅までの住宅街の狭い道の途中に、ひっそりある神域に大きな樹があるのだ。その樹が実は気になっていた。


「ここからの角度が好きなんですよ」


 と、道の反対側に移動して身振り手振りで説明する。


 昔読んだ本に似ているな、とルージュは思ったがしかし題名が思い出せない。


 思い出すことが出来そうだったので更に深く考え始めたとき、


「孤独の星・・・」


「えっ」


 自覚出来るほどに速く首が動いた。


「この前読んだ本に、似ていてな。それがまあ酷いといえば酷いが後半のあの怒涛の」


「知ってる! 自分が何も得しなくても得してもお礼なんて要らない、それが欲しいんじゃない、自分のしたいことをしているだけ―――」


 その星は星でも、


「「恒星だった」」


 たった一つだけの輝く星。


 当たり前に、毎日誰もの隣に存在しているのに誰も感謝しない。


 そう比喩された主人公。


 この設定に当時は心震えたものだ。こういうものを「人」は考える。


 そして自分はそれを感じ取ることが出来る。上位という意味では決してない。


 我々より下だと刷り込まれ続けてきた人という生き物に、自分はむしろ感覚が近いのだと彼女は思っていた。


 そう感じた。だから。


 ここにいる。


 こうして、これをやっているのだ。


 この目の前の犬もあれを知っているとは。


 この数秒の、何か成しとげたような奇妙な一体感は。


 これも人にとても近い感覚だと思う。


 これを感じ取れない者はきっとこの先、生きてはいけない。


 この道を自分は選んだ。


 この事を彼は共感してくれるだろうか。


「何、お前も好きなのか。奇遇だな。それは・・・。いや、今までそんな仲間がいなかったのでな。ああ、これはどうしたものか」


 犬の姿の彼は、見た目ではわからないがあれこれ考えているらしく、何も言わずにルージュは待った。


「そうだ、嬉しいのだな」


「私は最近買ったばかりでまだ全部は」


「そうか。あれ、あそこの場面が面白くてだな・・・おっとネタバレはよしておこう。読み終えたらまた・・・」


 慌てる姿も良かった。



「読み終えたか?」


「まだ。昨日は疲れて眠ってしまって」


 そして次の日も訊いてきた。が、後半の一番盛り上がる手前で自制したのだ。その後の残りページ数量がどう目算しても、寝る時間までに読み切れるものではなかった。だからその前でやめたのだ。ぐったり疲れた状態で仕事はしたくない。


 自制出来る時とそうでない時があるが、その時は奇跡的に出来た。これを自慢したいが相手が相手なのでしない。馬鹿に見える。だけどもう、そう見えていてもおかしくないと気付く。すでに頭の悪そうな会話しかしていない。はしゃぎすぎだ。自分はもっと静かで大人しく、無口なほうだと思っていたけどどうやらこの動物の姿の彼の前では違うらしい。


「そうか、私もまだだ」


 それは嘘だろう。あんなに熱心に打ち込んでいて、あそこまで後半の展開を知っていたのに読み終えていないなんて。自分と速度を合わせてくれているのだろうか。


 でも訊いても本当のことは話してくれないだろう。そして本当か確かめる術はない。試しに自分が読み終えたあとにこちらから訊いてみると、「まだ」の返事が返ってきた。


 読み終えた、と言われた時期が同じになったのでそこでまた盛り上がる。この手の趣味が同じ者に会うのは初めてではないが、いつも少しずれてしまって一致するという機会は初めてだった。ちょっとした発見や考察を語り合うのはとても貴重な体験だった。



 一緒に帰り、その足で食べ物を買って公園でおしゃべりしながら、暗くなるまで。


 本当に色々。もうよくは覚えていない。


 それくらい、他愛もない事ばかり話した。


 繰り返すうちに場所も定番化してくる。


 いつもの公園で、場所はブランコだった。


 週末ということでいつもより時間が遅かった。そして熱中しすぎていたのだろう。


 それに気付かなかった。


 近所の住人が来て、驚くべきことに寝間着だった、そして、注意されたのだ。


 話し声が大きいと。


 謝罪しその場は解散。注意されるほどに大きい声で話していたとは、注意されるまで気付かなかった。さすがにこれにはふたりで苦笑してしまった。


 もちろん気まずい空気の方が色濃かったが、お互いに顔を見合わる。苦笑。反省はするにしろ、悪い空気にはならなかった。同じ経験を共有したいたずらっ子のような顔を返してくれた彼へ、自分の何かが変わったと感じた。





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