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最果ての彗星3 (7/n)

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最果ての彗星3 (7/n)

館の敷地に近づくとツバキが教えてくれた。館そのものは昔からあるので知ってはいるけど何をやっているかわからない、とにかくお金ありそう、というのがこの辺の人間達の認識だそうだ。


玄関の扉をくぐると皆は思い思い自分の方向に散って行った。その者たちがいなくなると別の者がやって来た。明らかに外で作業する服装では無い。


「ふふふ・・・聞いています。あなたがそうですね。お待ちしていました」


玄関ホールにある椅子に座ろうかというところで惨事が始まる。


「ぎゃー!」


待ち合わせや簡単な打ち合わせに使うために、椅子やテーブルがいくつか置いてあり広く作られた玄関ホールに変な声が響く。


「やめて下さい! やめて下さい! やーめーてー!!」


「大丈夫です、血液を少し採るだけです。このスピッツ見た目はこれですがわずか五mlしか採りませんから。ちょっとでいいんです。痛くしませんよ・・・」


「やだー! 何本もあるんですよねそれ! 怖いー!」


妙な息遣いで研究者は近づいて行く。


ツバキが椅子やらテーブルの向こう側にどたどた逃げる。


「しょうがありませんね・・・毛髪だけでいいですから、ほら、ほら」


ポケットから鋏を出して開閉してみせる。


「嫌! です!」


「むう・・・最後の手段です。唾液を」


更に変な声が響く。おかしな会話の攻防をルージュは椅子に座ってぼんやり眺めていた。何も秘密などなく、いがみ合いもなく、冗談な本気のやりとりをしている。


我々が目指しているものを見ることが出来たような気がした。


そこへもう一人誰かがやってきて少し話すと研究員は潔く引き下がった。物凄く名残惜しそうで、あれこれ言っていたがよく聴いていない。


ぐったりとしたツバキが戻って来てルージュの近くの椅子に座った。


「・・・」


「ちょっとルージュさん、笑いすぎですよ」


「ふふふふふ。ごめんなさい。ありがとう」


「お礼言われるとこじゃないですよね?」


「いいもの見せて貰ったし」


「ええ・・・?」


「あ、来た。こんな早くにありがとうございます」


ルージュは椅子を立って目的の人物のほうへ行った。あまりに放置していた事をぐちぐち文句を言われるかと思ったが意外と普通に終わった。まだ就業時間前だというのに働かせてしまって申し訳なく思ったが、絶対にやらなきゃいけないのに滞ってるものが一つ終わって清々した、と返された。


 


 



「もう忘れ物ないですか」


館の建物を出て外を歩く二人。敷地の出口とは反対へ向かっていた。


「やけにあっさり引き下がったのなんだったんだろう。ところでどこへ行くんですか」


「忘れ物を思い出した」


「あ、それなら取りに行きましょう行きましょう」


敷地の外れの崖の近くにその建物はある。


外見は一見するとプレハブ小屋だが作りは意外としっかりしている。扉を開けるとひんやりとした空気が流れてきた。コインランドリーのようにドアが上と下、部屋の片側だけに二段に並んでいる。通路は一本でそれでこの部屋の全部だ。それぞれのドアの横にはランプが点灯している。ドアは全部で三十ほど。動いているのは半分くらいだ。


その一つにルージュは迷うことなく歩いていき、認証でロックを解除、スイッチを切った。ぶうんと機械の止まる音がして、この部屋は少しだけ静かになった。


「ここは? ちょっとひんやりしていますね」


「ここは・・・」


説明する前にガタンという大きな音がした。すぐ近くだが音の出所がわからない。建物の外からの音だからだ。ルージュは視線だけゆっくり下を向く。


「私たちの元の体を冷凍保存している。そのスイッチを今、切った」


「切ったって」


「人間に乗り移るとき約束させられるのだけど、いつか必ず元の体を処分しろ、と。でなければ死体がどんどん溜まるから。これを維持するにも電気や人間の技術を必要としている。うん、やっぱりもうずっと前からここは人間と協力していたんだ」


この冷凍保存設備、館という建物そのもの、そして出所のわからない人間が社会に出るための仕組み。それは魔の者だけでは到底不可能な仕事であった。普通に考えて本物の人間が介入している。一体いつからだろう。国は星はどこまで知っているのだろう。一部の一般人だけとは思えない。人間が無償でやるとは思えない。こちらから何か渡している? 渡せるものなどルージュには思い付かなかった。


スイッチを切ると中のものは外へ排出する仕組みだ。筒状のものが外へせり出していて、それを崖下に捨てる。潮が満ちていれば海へ、浅ければ激突。どちらにせよ、海岸に打ち寄せられ見付けてしまった人は気の毒ではある。


「じゃあ今の音は」


ツバキを見ると悲痛な顔をしている。


あ、失敗した、と思った。


この人間は善良なのだ。


他者の痛みを想像して、心を痛めることが出来る人間なのだ。


「駄目ですよ。そんなの・・・」


特に悲しくもなんともなかったのにこういう顔をされるといたたまれなくなる。罪悪感が一番近いだろうか。他者の体を殺したわけではないのに。


広くない室内にこの空気は重すぎるのでルージュは歩き出した。


そこでふと気が付いた。


「あ・・・カイトのがまだある」


それぞれのドアに名前などは付いてない。どれが誰のかわからないようになっている。以前カイトと遊びで来たことがあってそのとき彼はこれだよと勝手に教えた。もちろん本人の認証が無ければ何も出来ない。それでも普通は他者になど教えない。教えてもらったときルージュは、カイトはカイト自身を本当にどうとも思っていないのだなと感じたものだ。


上の段にあるそれをルージュはまじまじと覗き込んだ。


「これでいいんですか?」


「いいよ」


ドアを覗いたままで答えた。


元より後戻りは出来ないのに言葉にする事か? そういう後悔の類をルージュはあまりしない。どちらかというと、ではどうする?と先を考えるタイプだ。


「ツバキさんは本当、善良な人間ですね。気を付けないと本当に乗っ取られてしまいますよ」


「そんな事は・・・ないと思います」


「近年は人が死なないから、老体や病体しか手に入りにくいみたい。そんな体はさすがに嫌だから・・・奪ってしまえばいいと思っている連中もいるよ。過激派ってやつですね」


「それは怖い。気を付けます。・・・皆さんは人に似た感性を本当に持っているんですね」


 


「もしこれを解凍したら、カイトさんの魂が入るのでしょうか」


「さあ・・・でも多分無理だと思うな」


ドアはあまりクリアではない透明さで、中に電気が点いているわけではないので覗いたところで正確に窺い知ることは出来ない。包まれている何かが入っていることしかわからなかった。


「絶対もう捨てたと思ったのに。案外感慨深い奴だったんだ」


「イメージ変わりましたか」


「でもどうするんだろう。ずっとこのままにするのかな」


「家族が処分に困るのを見越して、このままにしたとか」


「ええ?」


「話を聞いているとカイトさんすごく強かみたいですね。情が厚い家族たちが、いくら自分をぞんざいに扱っていようとも、元の体というデリケートな事を蔑ろにするとは思えない。それで苦しめ、みたいな。自分は死んでいるわけだからどうされようが、それこそもう関係ないし」


「実は確執はすごかったと考えたわけだ」


「ですね。でも意外と忘れていただけかもしれません」


「密かに荷物整理していた奴が?」


「直前になってやっと気付いたかも」


「気付いたけど結局は何もしなかったわけだから・・・。発想が邪悪だなあ」


「聞いた話から勝手に考えただけです。本当は違うかもしれませんよ」


「違う、君の発想が邪悪。ああ・・・人間て怖い」


「家族があくせくしているのを見ることが出来ないのを残念がったかもしれませんね」


「もういいから。いや見ることも興味なかったよ絶対、あれは」


「確執という言葉、知っているんですね」


「あのねえ」


ツバキには言わなかったが、ここがカイトの自殺した場所らしい。


だから忘れていた、なんてことは絶対ない。


なんとなく部屋を見渡す。天井と床と。視界にはツバキがいた。


「あ、あの」


「はい?」


「うー、あのですね・・・」


「うん」


「えーと」


「何ですか」


「僕、ルージュさんの事が好きです。僕と付き合ってください」


大事な話はこれだったか。


えーと。


一歩下がる。


次の言葉を探す。


今? ここでするか?


「死体がごろごろある所なんだけど」


「ええ、はい。わかっています」


「話聞いてた? 話からすると私とあなたは親戚・・・」


「はい。それもわかっています」


「あまり魔の者に関わらないほうがいい」


「ルージュさんは人間ですか、魔の者ですか」


生まれてから半分以上もの年月、こちらでの生活が長くても故郷の〇〇出身と言われる。ずっと付いてまわるのだ。だから多分どちらにも成れない。


しかしどう思われようと自分は自分が何者であるかを知っている。


「勝手に区別していいよ。どちらにしろ、もうここで生きると決めてしまったし」


「人間と付き合うのは禁止されているんですか」


人間との交流は禁止されていない。人の世に溶け込むのが最終的な目標であるのでむしろそれは推奨されている。昔からそう言われていたがやはり皆遠慮していた。しかし海神の三番目の息子が人間の女性と結ばれ、子を成したことによってそれはもう過去のものとなった。


「いいえ、されてはいないけど・・・」


ツバキから一歩離れる。外に出たい。ルージュは正直そう思っていた。別に嫌だったわけではない。驚いたがむしろ嬉しい。


「うん、嬉しいんだけど・・・でも、あの私、ツバキさんの事あまりよく知らないんだけど・・・」


あ、という顔をしている。


「じゃあ、知っていたらいいということですか?」


「何言ってるんですか。オーケーする理由が無いというか」


「でも断る理由も無い、それはオーケーでも良いのでは?」


食い下がるなあと思ったが、そうとも言うか?


いけないいけない、言い包められるぞ。


なぜ自分だ?と訊こうと思ったが、これはさすがに訊くことは出来なかった。


しばし沈黙。


ツバキは口を結び緊張した面持ちだ。


ルージュはもう駄目だ、と思った。


「とりあえず出ましょう」


入口付近にいたのですぐに出ることが出来た。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「あの」


「・・・・・・」


「返事は」


「・・・・・・・・・」


割と早足で、そして無言で歩くルージュの後を付いて来ているツバキが言った。


「ルージュさんの髪、綺麗ですね」


「おい」


「本当は染めていないですよね」


「これは私の色だ。元の・・・」


いちいち教える事でもないと気が付いてやめる。


敷地から出てさらに角を曲がったところで歩みを止める。


「返事をください」


「じゃあ今度出勤した時に・・・」


彼は退職してしまったのでその機会は訪れない。


退路は既に断たれていた。


どうすればいいのだ、これは?


うう、という苦い反応を表に出してしまった。


「・・・今日はもう帰りましょう。送ります」


「う、いい。要らない」


と言った瞬間これはちょっと酷いか、と思い至った。


こんな心変わりみたいなものを経験するのは新鮮だった。しかも悪い気はしない。他者の為に優しくしている自分凄い、みたいな感じだろうか。これも少し酷いと思うが。


「あ・・・ごめんなさい。あの、ではお願いします」


書類の入った封筒を両手で抱いて言った。ツバキは笑った。


「寮はこっちでしたっけ」


「はい」


今までのバイトは割がいいし実家に近いけど学校には遠く、アパートもそちらだということで通うのが大変になったそうだ。新しいバイトは駅前の漫画喫茶だという話を聞いた。


「そうだ。実家に忘れ物取りに行くので寄って行ってもいいですか? ち、違いますよ!? 外で待っていてください!」


ツバキの実家が近くだという事は聞いたが本当に近かった。


敷地の少し遠くで待つ。もうすっかり朝は終わっている日射しだ。住宅街の道路は車も歩行者もいない。静かだった。


 


自分を選んでくれる…考えればなかなかに良いシチュエーションと思えてきた。


良い具合ではないか。オーケーしてもいいのでは? 楽観的とも言える。


胸がつかえてぎゅうとなる。居ても立っても居られない。


家の内部から見えない位置に移動しようと思った。


そこでぎょっとする。


今の季節なので葉は少ししかないが、生長すると公道にはみ出るであろう庭木。


暗かったし別の道から来たのでわからなかったが、間違いない。


あの夜に逃げ込んだ家だ。


では、声を掛けたのは・・・。


 


何年前だっけ・・・。


もう思い出すことも少なくなっていたので正確な数字はすぐには出て来ない。


でもまだ懐かしいという年月には程遠い。美しい記憶でもない。


頭の隅ではもしかしたらまだ終わっていない処理かもしれない。


 


さて、出て来たとき彼はどんな顔をしているだろう。


覚えているだろうか。


すっかり忘れている可能性が一番。


それともこのタイミングで連れて来たのは意図的とも言える。


こちらが気付いたことに気付くか、気付かないか。


訊いてみたら答えるだろうか。


殴ってやろうか。


キスしてやろうか。


 


 



 

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