間違って消したブログをまたやってるブログ
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1
館が斡旋する仕事に就職出来た。組織の息が少しでもかかっている所は正直嫌だったが利用出来るものは何でも利用してやろうと思った。
館が斡旋している、といってもどの程度あちらにこちらの正体を話しているかルージュは知らない。通常は、乗り移った者が就職していて、いわゆる先輩がいる会社という認識だ。基本的に人として振る舞う。
初勤務は会社の概要や更衣室の場所、仕事の説明でそれだけでも相当に緊張したが実際の勤務はもっと緊張した。あちらの言っている事を理解出来ているかとか変な動きをしていないかとか。考えればきりがない。
「よろしくお願いします。同じシフトを回すサカエです」
「よろしくお願いします」
「あと他にもう一人いるけど今日は休みで、今度会えますよ」
二十代後半の見た目の女性。あらかじめ聞いていたが彼女は乗り移った者だ。あちらも当然こちらの事を聞いているだろう。でも何も言わない。我々は人なのだからそんな「普通」のことは言わない。
ここの部署は数人の社員とアルバイトがいるようだ。夜勤もある。シフト制なので毎日全員がいるわけではない。いつも違ったメンバーと仕事をするわけである。
とにかくまずは仕事を覚える事。これだけで気付けば半年が経っていた。正確に出来るように、それでいて速く出来るように頑張っていた。他の職員とも打ち解けてきたと思う。本性もばれていない。若い女、ということもあって男性の多い職場だったから油断しているようだ。これは好都合だった。
歓迎会をやらなくていいと断ったらもの凄い顔をされた。店の予約を済ませてしまっていてもうキャンセル出来ないと言われた。主役であるルージュの意思は考えていないのか、単に酒が飲みたいだけなのか、人とはこういうものなのかと思ったが顔は笑顔を作っておいて、すまなそうにしなくてはならない。複雑だ。結局行く羽目になり、しかも皆の前で挨拶をさせられた。こういう儀式をしなくては仲間になれないのだろうか?
ある日勤務中に上司がいないことに気が付いた。最初は気のせいでどこかにいるだろうと思っていたが次第に皆もいない事に気付く。その日の出勤している職員全員が探していたので職場自体にいないのが確定した。午後の追加受注の確認と生産開始の時間が迫り、事務所にいる更に上の上司に報告しに行く事態となった。
ここで誰かが携帯端末を取り出したらしく、上司の居場所が判明する。なんと、アルバイトの人を病院へ連れて行くのに出て行ったらしい。このアルバイトはルージュよりも後に入った二十歳くらいの女性だ。
「もうすぐ戻るってさ」
「は?」
「というかあの子今日非番でしょ」
「というか実家暮らしだし」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「(若いメスを妊娠させたオス・・・)」
皆が呆れた顔をしていた所から少し離れた場所でルージュは思った。
「大丈夫ですかね」
以前からいるアルバイト二人組のうちの一人が言った。
「(いやいや、全然大丈夫じゃないよ。おかしいだろ)」
と思ったが口には出さず。
住む場所も変わった。この会社の寮に引っ越したのだ。徒歩五分という近さで、すでに朝起きるという行為が苦手になっていたルージュにはこの近さは幸運だった。ただ、とても忙しかった時期に残業が長引き、明日の出勤まであと八時間、というところまで残業時間が経過したときルージュは怒りをさすがに表に出した。
「お前はいいだろ、寮近くて。あいつらは普通のアパートに住んでるから、帰るまで一時間とかかかるんだから文句言うなよ」
と以前からいるアルバイト二人組のもう一人が返した。このもやもやとした感情をどう表わしたらいいか、適切な言葉が出てこなくて言い返せなかった。考えに考えた反論は、遠い自宅を選んだのはその者の意思だからそれを引き合いに出すな、だろうか? もっと勉強しなくては。ルージュはますます燃えた。
事故が起きた。一緒に掃除をしていた一年上の先輩が機械に手を挟まれたのだ。ルージュは別の機械担当だったが近くにいて、最初は気が付かなかった。小さく「あっ」という声が聞こえた。なんとなく先輩のほうを見てみる。立ったまま、慌てているような変な動きをしている。これはまずいのではと思い、次に非常停止ボタンを押さなくてはと判断し、ボタンを見た。するとそれを押す手が見えた。広範囲に動いている機械が止まる音。それから静寂。停止ボタンを押した彼がそのまま先輩に駆け寄る。アルバイトの片方だった。ずっと後ろの工程の場所に居たはずなのにここまで来たらしい。ルージュも先輩を覗きこんだ。機械からは抜け出せたが手を押さえている。
「イワヤさんを呼んできて」
アルバイトの彼が言った。上司の名前だ。
「はい」
事務所は少し離れた所にある。ルージュは走った。途中で放送も鳴った。先程指示を出したアルバイトの声だ。やや切羽詰まった声でやはり上司を呼んでいる。事務所にたどり着く前に上司たちと鉢合わせた。イワヤだけでなく他の上司も一緒だ。放送を聴いて何か起きたと判断し出て来たのだろう。ルージュは場所を案内した。
現場の把握と再発防止の話し合いがその場で行われている。後から駆け付けた近くの仕事場の人達に先輩は囲まれていた。
ともかく指は落ちなかった。分厚い包帯を巻いて数週間勤務していたのを見た。回復したあとに雑談の話題に上がった時。
「ルージュさん何もしなかったね」
「大丈夫、とかも言わなかったって」
と言われた。
何か起きた後、比較的被害が微少だったため笑い話として話題に出る、どこにでもある人間社会の風景だ。皆は笑っていたし悪気もなかったように見えたがどう解釈しても、良い風に言っていない。明らかに駄目な箇所の指摘だ。ルージュはなんと返そうか言葉に詰まってしまったくらいだ。指摘するならそう言えばいい。先輩として普通の行為だ。けれどそうではない。悪く言っていないから、笑いながらの雑談にして良いという空気に思えた。ルージュが言葉に詰まったのは、なんと返したらあちらは満足するだろうか、とも考えたからだ。反省の言葉を待っている感じでは無かったが、そういう類を言わないといけない圧力を感じた。先輩である彼には同期や入社してからの一年間という時間で知り合った同僚がいる。その者達に囲まれたあの場で、人をかき分け、「大丈夫ですか?」と言いに来る入社したての若い女。この図がどう見られるかなんて魔の者であるルージュでもわかる。そんなものに成りたくない。
あ、そうか。後日でも、次に会った時に言えば良かったのだ、とここまで考えてやっと気付く。
ああ、人とは。
面倒臭い。
とまあこの職場はおかしな人間達ばかりだった。ここだけに限った事だろうか? だが「研修中」もそうでもなかった事を思い出す。どこに行っても多分こうだ。人とは本当に面白い。群れるとどうしてこんなにおかしな思考をするのだろうか。自分もいつかこういう思考になってしまうのだろうか。いや、そうはならないだろう。なりたくないと思っているからだ。単に合わせるのが上手くなって行くだろうと予想出来る。でもこれも嫌だなと思った。
考える事が沢山だ。人として生まれたばかりなのだから考える事が山のようにあるのは当然なのだが、「生きる」以外の事が多すぎる。否、人はもうこの星の生命体としては安定しているので「人間社会で生き残る」ことを考えるのは当然か。
2
入社してから一年に迫る頃、夜勤が終わった朝、着替えを終え会社の玄関まで来たとき靴箱に何か入っているのに気が付いた。手紙だ。直感で恋文だと思った。心臓がどくりと鳴った。
その場で読むか悩み、でも誰かに見付かるのを恐れ鞄に仕舞った。無くさないようにしっかり持って、急いで帰宅し部屋の鍵を掛けた。
内容は「大事な話がある」だった。
手紙はいつ入っていたのだろう。昨日の出勤前には無かった、と思う。いつものようにぎりぎりまで起きてぎりぎりまで寝るという不摂生な生活で、慣れてきた所為もあって当然のように時間ぎりぎりの出勤だ。従って急いでいた。気が付かなかっただけか朝に自分と交代だったか。昨日は居ただろうか。あるいは非番だったがわざわざ来て入れたか。
心臓が動いているのがわかる。
元は自分の物では無かった心臓が今では自分に合わせて動いている。
寮に住んでいる同期に連絡してみるとこんな朝に起きている奴が二人いて、部屋に集まり相談してみる。「えー、無い」と言われた。手紙という手段が駄目だという。
シフトの仕事で、夜勤と昼勤がある。一年近く勤務していてわかったのは、シフトがずれると会わないときは全然会わない、だ。長期の休みをお互い取っていないにも関わらず会わないのだ。ふとシフトが合うと「久しぶりですね。休んでました?」と挨拶するくらい。だから手紙という古風な方法は合理的だとは思う。
日にちは書いていない。携帯端末の連絡先が書いてある。こんな時代にわざわざこんな連絡の仕方があるだろうか。冷静になってきた。告白ではないかもしれない。
素っ気なく、当たり障りのないように、と考えながらメッセージを送った。このくらいの連絡先が知られたところでどうということはない。しばらくして返事が来た。話は直接会ってしたいので、という内容で場所と時間が提案された。はい、わかりました、と返す。
ふう、と一息ついた。あちらのほうのボロは出していない筈。人の体に成ってしまっているため、人の体を逸脱した力をルージュはもう持っていなかった。だから疑う要素自体が無い。
魔の者という存在は一般にはもちろん把握されていない。しかし人間の創作物にはたくさんの生き物が存在する。だからそういう目で探されると見付かる可能性は充分にある。そもそも海で見付かってしまう者は一年に数名はいる。
外はまだ夜のほうが長い季節のため薄っすらと明るいだけだ。朝が近いことはわかるが大半は夜。もそもそとパンを食べながら手紙を改めて見るが、心臓の動きが邪魔でもうこれ以上は読んでいられない。
ルージュは出発した。場所は海浜公園。海から魔の者が出て来ませんように、と謎の祈りをした。
海に沿って公園が作られていてこれがまた広い。広いので区域毎に番号が振られているのだ。指定された番号の出入り口をくぐり砂浜までは出ずずっと手前の芝生のほうに留まる。海を見る為に設置されたベンチを見付けてその一つに座った。背後は防風林と海岸でも育つ低木が植わられている。
よくもまあ、あまり話したこともない同僚の手紙に呼び出され、行くものだ。ここまで来たので冷静になっているようだ。寒い空気が喉を通り肺に入るのが感じられる。海は静かだ。さすがに誰も泳いでいない。もう少し明るくなったら人が来るだろう。
背後から気配がした。
ぼさぼさの頭に眠いように見える目。以前からいるアルバイト二人組の一人、ツバキだ。確か学生。年齢は見た目ではルージュより上である。
「あ、おはようございます。って何か変だね」
あはは、と歯切れ悪く言った。
「お疲れ様です」
ルージュは普通の挨拶を返した。
「えっと、来てくれてありがとう」
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「ルージュさんもしかして体調悪い?」
「え?」
「なんかムスッとしているから・・・」
しまった。素が出ていた。仕事中は明るく素直で元気な新人、を演じていたのだ。眠いのと疲労と手紙ですっかり忘れていた。
「実はですね」
やっと話が始まった。
「僕、バイト辞めるんです」
「え、辞めるんですか?」
「この前の出勤で最後だったんですよ」
「あー、そうだったんですね。知らなかったです」
シフトを見ていないのでツバキが最後だった日はいつだったかわからない。休みだったかすれ違ったシフトだったか。最後に一緒に勤務したのは結構前だったと思う。どちらにせよ記憶は曖昧だった。辞める理由を訊いて話を膨らまそうと思ったがやめた。もしかしたら聞いて欲しいのかもしれないのがどう出ようか。
「あとこれは全然・・・関係あるようなないような話なんだけど。ルージュさんどこ出身だったっけ」
「この辺ではないですよ。実家でもないし地元でもありません。もっと遠くです。最初の自己紹介でも言いましたけど」
「うん。だよね・・・」
そこだけはなぜか珍しい顔付きをした。
「見せたい写真があって、実家にあると思ったんだけど見付からなかったんだよね。うーん残念」
ふと後ろを見た。まだ薄暗い遠くに人影が複数あった。もう人が来る時間かと思ったが、大きな影が飛び出して来てその認識が間違っていたことに気付く。
げ、という言葉が出て来るのをすんでのところで抑えた。人の形をしているのは人に乗り移った魔の者で、大きな影が乗り移っていない魔の者だ。ルージュは瞬時に悟った。
あれは、処分だ。殺しているのだ。
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